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春日山城(新潟)

最新登城日:2009年7月31日

春日山城は、かの有名な上杉謙信の居城。五大山城のひとつに数えられる、大規模な山城です。

山城とは、簡単にいうとひとつの山をそのまま活用した形状のこと。
天然の要塞で、南北朝〜戦国時代初期までの主流でした。
山を登り切った頂上に、本丸があるイメージですね。
切り崩した起伏を利用することで、ダイナミックに縄張(設計)になっています。
戦いながら山登りするようなもので、攻め込まれにくいという利点がありますが、住むのには向いていません。
とくにこのあたりは豪雪地帯。上杉謙信も麓の館に住んでいたといわれています。

あの春日山城に!!ゾクゾク身震い。

 


まずは、上杉謙信の像がお出迎え。
上杉謙信は上越では今でもヒーローであるようで、
パンフレットや資料にも<謙信公>と書かれてありますし、地元の方も「謙信公が・・・」とおっしゃいます。
今でもリスペクトされ続けるのは、その数々の武勇伝はもちろん、
この地を愛し、今なお続く越後の基盤をつくった人だったからのでしょう。

謙信時代、春日山城が敵に攻め込まれることはありませんでした。
けれども、謙信の没後、この城は戦場となります。
2人の養子による家督相続争い「御館の乱」です。
戦知らずだった城が、身内の内乱で初めて血に染まるなんて、なんだか悲しいですね。

さて、ここから山城歩きがはじまります。

 


ただの山道じゃん!と侮るなかれ。
自然がつくったなんとなくのカーブに見えますが、意図的に切り崩して自然の堀などにした部分があったり、
戦に備えて死角がつくられていたり、人がひとりだけ隠れられるようなスペースがつくられていたり。
足元から目が離せないような道の上には、矢が届く高さに土塀を築いていたりと、戦に備えた設備が万全。
さすが、謙信公の居城です。

 

 
米蔵跡。
城の機能としては中枢区域になります。もっともよい状態の土塁が残っています。

 

 
「三郎影虎屋敷跡」は、
御館の乱で上杉景勝と家督相続の争いをし、悲運の死を遂げた謙信公の養子・上杉影虎の屋敷跡。
もともと北条からの人質にも関わらず謙信公にたいそう気に入られ養子となりますが、
家督相続<御館の乱>に敗れ、鮫ヶ尾城で最期を迎えます。

 

   土塁とは、土手のような防衛施設のこと。
   上から弓を射ったり、発砲します。
   ここには土塁がそのまま残っていました。

 

 

 

 

天守閣のまわりのお堀、水がないバージョンを「空堀」といいますが、その中にも2つの種類があります。
ひとつは、「堀切」といって、尾根を切り崩して敵の侵入をシャットアウトするもの。
もうひとつが、「竪堀」というものです。
これは斜面の縦方向に川のように堀をつくること。すべり台を下から登らせるようなイメージ。
横に移動することができないので、上にいる人は撃退し放題ですね。
こうして地形を生かしてうまく自然の要害をつくっているところが、山城の魅力です。

現在は草が生い茂って、目を凝らさないと勾配がまったくわかりませんが、
当時はむき出しの土手みたいな感じですから、足元が滑ってとても登れるものではなかったはずです。

 


左/あおさ、という植物。着物の染料に使われたそう。越後の貴重な財源になったそうです。
右/あかさ、という植物で、こちらも染料になるのだとか。
あおさの方が質がよく値が張る、だった気がします(逆かも)。
これにより軍資金を得ることができたのですね。やっぱりお金は必要なのか。

 

   二の丸屋敷は本丸のすぐ下にあり、
   本丸を帯状に囲むようになっています。
   台所などがあったようです。

 

 

 

 


 
樹齢400年超、謙信公も触ったとされる松。根っこがスゴイ!これが400年の歴史?
「ご利益あるよ」といわれたので、私もそっとタッチ。

大手道のほうへ進みます。

 

   御成街道、上杉景勝屋敷跡。
   御成街道の名前は、
   時の関白近衛前嗣が通ったことが由来だそうです。

 

 

 

 

 

 
細い山道を通って、景勝屋敷跡へ。
上杉景勝は、もうひとりの謙信公の養子。
謙信の姉である仙桃院ですから、謙信にとっては甥っ子で、景虎とは違い血縁関係です。
景勝の右腕となった家臣が、大河ドラマ「天地人」の主役、知将・直江兼続。
館の乱によって上杉家は天下を争うほどの勢力はなくなってしまいますが、
直江兼続のはたらきもあり、上杉景勝はのちに豊臣家の五大老になりました。

このあたりは切り崩した尾根を段々に重ね合わせているような設計で、
三の丸あたりに比べて攻めにくく、歩きにくくなっています。

 


シャガ、といいます。
これはとてもおもしろい植物で、強く耐久性がありそうに見えるビジュアルに反して、根が浅く、すぐに抜けやすい。
急勾配をよじ登ってきた兵が「おっ、丈夫そうな草があるぞ」と思って掴むと
するりとひっこ抜けてしまう、という、戦に役立つ草なのです。
おまけにものすごく滑りやすいので、歩きにくい。防衛機能をも果たす、なんとすぐれた植物!

この草が生えているところには、かつて屋敷があったり
敵をおびき寄せる進路だったことが推測できるわけです。
しかもものすごい生命力で、ボーボー生えて根絶えません。

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井戸曲輪。
標高の高いこの場所にこれほど大きな井戸があるなんて不思議。
なんでも隣の山よりは低いので、ポンプの原理で水がわき上がるのだとか。
季節的にも草が生え乱れてますが、圧巻です。
たとえ籠城したとしても、これだけの大きな井戸があれば水源が保たれるわけですから、これはとても重要です。

 


二重堀切をに挟まれた<橋台>を抜け、もう一踏ん張り登ると、本丸に到着!
遠く左手に直江津と日本海が広がります。(曇っていて見えないのが残念)

海も山もあって、人が律儀であたたかい。私は新潟が好きなのです。米もおいしいし。

なぜか肝心のこの地の写真がほとんどない・・・
謙信、景勝、兼続も見たであろう景色に酔いしれていたのかもしれません。

 

 
左/護摩堂跡。
謙信公はかつて出家しようとしていたほど進行深く出陣前に祈祷していたことは有名ですね。
息災などを祈祷したのが護摩堂だそうです。

中/これが毘沙門堂。
《天地人》では阿部ちゃんが厳かなひろ〜い洞窟に籠っておられましたが、実物、ちっさ!
この写真の建物は復元ですが、実際の大きさもこんなものだったのだそう。
なんだかちょっと肩すかしをくらっちゃいました。

右/不識案、は謙信公のこと。

 

   お花畑は薬草園のこと。
   お薬はここで調達したのでしょう。

 

 

 

 

 

 
直江兼続の屋敷跡。
《天地人》人気のせいか、たくさん人がいました。筆頭家老だっただけあって、いい立地です。

 

   
今回案内してくださった方がお花にも詳しくて、聞いていて楽しくなりました。
私は植物には疎くて・・・いろいろな知識があると、もっとお城の楽しみ方が広がるのでしょうね。

 


タイムリミットが迫ってきて、泣く泣く急ぎ足に。
搦手、虎口と抜け・・・千貫門跡へ。いわゆる防御線で、立派な二重堀切が残ります。
お屋敷跡は、城主の居住館。かなり広い敷地だそうで見たかったけれど、残念ながらスルー。

 

 
春日山神社。

 


春日山神社から駐車場に降りる階段はけっこうハード。何段だったっけかなあ。
元気に歩きまわるためにも、日々足腰を鍛えねばと思いました。

この階段を下りながら、上越で毎年夏に開催される、謙信公祭のお話を伺いました。
本格的な甲冑を着れるため、大人気なのだとか。
それも、ほんの一時着るのではなく、1日その姿で本格参戦、
バーチャル戦に出陣するなど、かなり大がかり。(かなり重いので、相当な体力を使うらしい)
コスプレにはあんまり興味がないけれど、そこまで本格的ならちょっと参加してみたいです。

 

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つらつらと書いてきましたが、春日山城の全貌がわかった方はいないことでしょう(笑)
そんなあなたは、この秀逸なミニチュア模型を見てみてください!!
手に取るように、春日山城の全貌がよくわかることでしょう。
《天地人博》に展示されていたこのジオラマ、
会期終了後は、どこに展示されるんだろう?また見たいー。

 

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春日山城から車で5分ほどの《春日山城跡ものがたり館》の資料はとてもわかりやすい。
上杉謙信についてや、当時の春日山城の様子などがパネルやビデオで紹介されているし、
なんといっても支城の情報が満載なことがたまらない(笑)!
(支城とは、補助的な城。春日山城が本社だとしたら、子会社みたいなもの)
車で5分、微妙な移動させるのはなぜ?と思ったけれど、
2階の展望室からは春日山城本丸跡が一望できたり、意外と立地もよいのです。

ものがたり館の前にあるのは、春日山城史跡広場。土塁や番所などが復元されています。
子供たちにとってはなじみの公園なのでしょうね。かわいい。
春日山城へ行く際は、ここで予習をして行くとよいでしょう。

 

うーん、長くなったので、グルメ情報はまた次回!