布師田金山城→潮江城→楠目城
布師田金山城→潮江城→楠目城へ。
長曽我部元親が侵攻した城には畝状竪堀が導入されていく…傾向があるのは間違いないと思うのだけど、
当然ながらそんなに単純なものではなく、つくり方にも使い方にもパターンがある。
必ずつくるわけでもなさそうだし、導入時期差もある。
布師田金山城と楠目城はがっちり土塁囲み+横堀タイプ。
いずれもすばらしく大満足でありました。
期待以上の楠目城、山田氏時代は天文20年頃まで。
竪堀と竪土塁の使い方も布師田金山城と似ているような…と考えると、
天文年間にこんな城つくれるのか?という疑問も払拭される気が。
しかし、長曽我部氏の改修がどこからなのかは…わからにゃい。
茶ガ森の、横堀を竪堀でサンドしたあたりは雰囲気違うけども。
写真は布師田金山城。
2重横堀と2重堀切のクロス部分!ブラボー!
この城おもしろいー。
保存会のみなさんグッジョブ。
楠目城はこれからだファイトです。
土佐の地形と歴史を勉強して、また来よう。
お世話になりました。満喫です。